開運グッズの処分方法

お守りの処分に困ることあります。

以下、ネットニュースより抜粋。

おうち時間が以前より増え、快適さのためにインテリアや家電などを見直したり、片づけをした人は多いだろう。

「こんなに物多かったっけ……」――いざ片づけを始めると、途方に暮れてしまうこともある。普段から“溜めない”ようにすればいいのだけれども、全員が全員片づけが得意なわけではない。だけど、すっきりと整頓された部屋への憧れはある。じゃあ一体「何をどう捨てれれば」いいのか……。

『モノ・人・心の悩みが消えていく 断捨離道場』は、片づけに関するさまざまなお悩みに対して、“断捨離の第一人者”やましたひでこさんがズバッと答えてくれる一冊。今回は本書から、「開運グッズの処分方法」に悩んでいる人へのアドバイスをご紹介。

お守りを捨てたら「罰当たり」になりませんか?

神社などを参拝した時に買ったお守りや御朱印帳、人からいただいた開運グッズなどを持て余しています。現在はほとんど参拝することもなく、不要なのははっきりしているのですが、神頼みしている時は大変ありがたいモノだったので、そのままゴミ袋に入れるのは忍びないです。どのように処分したら良いでしょうか。

感謝を込めて処分するのが、一番筋が通っている

この「罰当たり」については、本当にたくさんの質問を頂戴します。そのたびに、いかに私たちはこの「罰当たり」という観念に縛られ、思考を停止してしまっているかを痛感します。

今はもう着る機会がなくなったワンピースも、物置場と化したソファも、棚の奥で眠っている食器も、手にした当初はありがたく大切な存在だったはず。なのに、それらが不要・不適・不快になって断捨離する際に、「もったいない」と思うことはあっても「罰が当たるかも……」と思うことはまれです。

けれどどういう訳か、信心関連のモノたちは、捨てると罰が当たるような気になってしまうものです。「罰が当たるという気にさせられる」と言った方が正確かもしれません。

でも、考えてみてください。あなたが参拝した神様や仏様は、そもそもあなたに罰を与えるような心の狭い存在だったのでしょうか。もしもそうだったとしたら、参拝すらしなくなった時点でとっくにあなたを裁いているはずでは。

信仰とは「信じる世界の教えを仰ぐ」ことです。この「信じる世界」とは、「畏敬と崇敬と帰依の世界」です。「依存」でも「おすがり」でもありません。

現在のあなたは、かつて信じていた世界から外に出たということ。それならば、それらの関連グッズは感謝を込めて処分するのが、一番筋が通っているはずです。間違っても、勝手に罰が当たるのを恐れてぐずぐずと判断を先送りにすべきではありません。

二大モンスター“思い込み”「罰当たり」と「もったいない」

もし私ならば、「自分なりの儀式」をして、早急に始末させていただきます。この「自分なりの儀式」とは、心を込めた主体的な行為ですね。それで罰が当たるならば、そんな了見の狭い神様を信じた私に責任があります。だから、その時は「罰よ、来るなら来なさい。きっちりと受け止めますからね!」という心意気で。

「罰当たり」と「もったいない」というこのふたつの思い込みは、私たちを思考停止に追いやる二大モンスターです。こうした重い気持ちを伴うモノからはネガティブな影響しか受けません。なぜなら、モノと自分との関係性が生きていないからです。

例えば、どんなに美味しそうなフランス料理を目の前にしても、その時に満腹であれば「美味しい」とは感じないのと同じ。モノの「活用価値」を引き出せるのは、誰でもないあなた自身なのですから。

「始末」という言葉は「始まりと終わり」を意味します。
モノの最初から最後まで、自分でしっかり責任を持つ。この感覚を、断捨離を通じて身につけていただきたいと思います。

今回紹介したのは… 『モノ・人・心の悩みが消えていく 断捨離道場』(やましたひでこ/講談社)

ものを減らして快適な暮らしをしたいのになかなかうまくいかない……。そんな片づけ迷子の人のお悩みを、“断捨離の第一人者”やましたひでこさんがズバッとお答え! 捨てることが苦手な人も、読んだそばから断捨離したくなってくる一冊。

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片付け上手になりたいですね…。

感謝してます。

りくりとりっぷホームページ:http://rikuritrip.net/

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